南ははっと思った。それは女の眼の周囲に廷章の女に似た処があったがためであった。南を包んでいたふっくらとした心地は消えてしまった。
女は起って榻《ねだい》の上にあがった。南はぼんやりそれを見ていた。女は榻にあがって横になるなり、被《かいまき》を取って顔の上から被った。
南は傍に腰をかけていた。南は強《し》いて新人に歓を求める場合を頭に描きなどして、厭な不吉な追憶を消そうとしたが消えなかった。そのうちに日が暮れかけた。後からきていると言った従者と奩妝《こしらえ》は着かなかった。要人の老人は室の口へ来て南を呼んだ。
「旦那、ちょっといらしてください」
南は要人に声をかけられて夢が覚めたようになって外へ出た。要人は小声で囁くように言った。
「旦那、曹の方の人はこないじゃありませんか、どうしたというのでしょうね」
そう言われてみると従者も奩妝もあまり着くのが遅いのであった。
「どうしたのだろう」
「途でまちがいでもあったのでしょうか」
「そうだなあ、あの女が来たのは、午であったから、もう疾《とう》に着かなくちゃならないが、どうしたのだろう」
「奥様に伺ってみたら、どうでございます」
「そうだな、あの女も疲労れたとみえて眠ってるが、起して聞いてみてもいい、まちがいがあるといけないから」
「そうでございますよ、この節は物騒ですから」
「そうだ、じゃ起して聞いてみよう、お前もくるがいい」
南は要人を伴れて中へ入ったが、吃驚《びっくり》さしてはいけないと思ったので、榻の傍へそっと往って声をかけた。
「まだ睡いの、よく眠るじゃないか」
女はぐっすり眠っているのか眼を覚さなかった。
「大変疲労れたとみえるね、よく眠るじゃないか」南はそう言い言い隻手《かたて》を女にかけながら、「ちと眼を覚したら、どう」
女の感触は冷たかった。それに動きもしなかった。南は不思議に思って被をそっと除った。女は冷たくなっていた。南はのけぞって倒れた。
要人は南を介抱すると共に使いを曹へやった。曹では女を送って往ったことはないといって使いを帰してきた。南の家ではまた怪しい死体の処置に困った。
その時|姚《ちょう》という孝廉があって、その女が歿くなって葬式をしたところで、一晩おいて盗賊の為に棺を破られ死体と同時《いっしょ》に入れてあった宝物も共に奪われた。孝廉は怒り悲しんで憎むべき盗賊の詮議をさし
前へ
次へ
全13ページ中12ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
田中 貢太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング