うした死骸でしょう」
「ありゃ、どうも、あの廷章の女の死骸だよ」
「そうですか」と言って要人は、何か考え込んだが、「悪い奴があって、奥様を殺しておいて、あんな死骸を持ち込んできたかも解らないですが、これが表沙汰になると、どんな結果《はめ》になるかも解りませんから、廷章の方へ、じかにわたりをつけようじゃありませんか」
 南も表沙汰にして自分の罪悪が現れるようなことがあっては困ると思った。
「そうだ、それがいい」
 要人は怪しい死体を持って廷章の家へ往った。廷章は半ば疑いながら土地の習慣に従って浅く土をかけて葬ってある女の棺を開けてみた。棺の中には嬰児の死体ばかりあって女の死体はなかった。踏みにじられてその枉屈《おうくつ》を述べることもできないで泣いていた廷章は激怒した。廷章は要人の金を出すからという妥協に耳をかさないで、府庁《やくしょ》に訴えた。府庁でもあまり奇怪なことであるから手の下しようがなかった。南は万一のことがあってはならないと思ってまた賄賂を用いたので、その事件もそのままになってしまった。
 事件はそのままになってもその噂がぱっと拡がったので南が結婚しようと思っても女をくれる者がなかった。南はとても家の近くではいけないと思ったので遠くの方を物色した。そして二三年の後にやっと曹《そう》という進士の女と結婚することになった。
 その比晋陽の付近に何人いうとなく一つの噂が伝わってきた。それは良家の女を選んで後宮へ入れるという噂であった。字《やくそく》して聘《むか》えられる日を待っている女の家では驚惶《きょうこう》して吾も吾もと女を夫の家へ送った。
 その時南の家へ二梃の輿《こし》が来た。※[#「門<昏」、第3水準1−93−52]者《もんばん》は出て往って聞いた。
「何方《どなた》様でございましょう」
 後の輿から年とった女の声がした。
「わたくしは曹からまいりました、旦那様にお取りつぎくださいまし」
 ※[#「門<昏」、第3水準1−93−52]者は曹からと聞いていそいで南の処へ往って取りついだ。南は曹から何の用事で来たろうと思って出て往った。門口には輿から降りたばかりの十五六の背のすらりとした少女と老婆が立っていた。
「これは南の旦那様でございますか、わたくしは曹からまいりましたものでございます、あなた様もお聞きになっていられるだろうと思いますが、今朝《こんど》朝
前へ 次へ
全13ページ中10ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
田中 貢太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング