ぎ》にくるまって寝ていた。そこへ僮子が入ってきて言った。
「旦那様がお見えになりました」
 孔生は驚いて起きた。そこへ一人の老人が入ってきた。それは頭髪の真白な男であった。老人は孔生に向って、
「これは先生、悴が御厄介になることになりましてありがとうございます、あの子は字も下手で何も知りません、どうか友達の小児《こども》と思わずに、親類の小児のようにして、きびしくしこんでやってください」
 と、ひどく礼を言った後で、きれいな着物一|襲《かさね》に貂《てん》の帽《ぼうし》と履物を添えてくれ、孔生が手足を洗い髪に櫛を入れて着更えをするのを待って、酒を出して饌《めし》をすすめた。そこの牀《こしかけ》や帷《とばり》などは何という名の物であるか解らないが、綺麗にきらきらと光って見えるものであった。
 酒が数回めぐってから老人はあいさつをして、杖を持って出て往った。そして朝飯がすむと孔生は少年の皇甫|公子《こうし》に書物を教えたが、教科書として出してきた物はたいがい古い詩文で、文官試験の参考になるような当時の用にたつ学芸のものはなかった。孔生はふしぎに思って訊いた。
「試験の参考になるような物はな
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