そうしてくださるなら、その殃をのがれることはできるのです、もしそうしていただくことができないなら、小児を抱いて往ってください、まきぞえにならないように」
孔生は義に勇む男であった。孔生は、
「死ぬるなら皆でいっしょに死にましょう」
と言って公子と生死をちかった。そこで公子は孔生に剣をとって門に立っていてくれるようにと頼み、なお注意して、
「雷がどんなにはげしくっても、けっして動いてはいけませんよ」
と言った。孔生は公子の言うとおり剣を抜いて門の所へ往って立っていた。果して黒い雲が空を覆うて暗くなった。振りかえって家の方を見るとそこにあった門もなく、ただ高い塚とおおきな底の知れないような穴があるばかりであった。孔生はびっくりした。と、恐ろしい雷の音がしてそれが山岳を揺り動かした。つづいて荒い風が吹き雨が横ざまに降ってきた。それがために老樹が倒れた。孔生は眼前《めさき》がくらみ耳がつぶれるように思ったが、屹然《きつぜん》と立ってすこしも動かなかった。と、見ると、黒い絮《わた》のような煙の中に怪物の姿があって、それが尖《と》んがった牙のような喙《くち》と長い爪を見せて、穴から一人の者を
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