とじゃ」
「あの山には、天狗がおるから、なまぐさ坊主はおれまい」
 清導寺の上になった山の頂上には大きな岩が立っていて叩くとかんかんと鳴ると云うので、村の者はかんかん岩と云っていた。少年仲間の久馬と云うのが、某日《あるひ》そのかんかん岩へ遊びに往って、天狗に投げられたと云って頭の怪我を見せて、「白兎が、早う返れ返れと云うてくれたと云うが、俺には見えざった」と、云ったのを覚えていたので、私はなるほど清導寺の谷は怖い処だと思った。
「あの坊さんは、ほんまに法力がないじゃろうか」
「ちっともないというよ」
「そうか」
「あんな法力のない坊主は、しようがない、何人《だれ》か力のある人を呼うで来にゃあいかんと皆が云いよる」
 清導寺谷の下の方にさんでんと云う畑があった。
「今日、さんでんの上の方を鷲が飛びよったと云うぞ」
「ほう鷲が」
「そうよ、鷲が」
「鷲が此処な処におるじゃろうか」
「どうか知らんが、飛びよったと云うぞ」
「鷲は人を掴むと云うじゃないか」
「掴むとも、三之助は鷲に掴まれたじゃないか」
 三之助とは芝居に出て来る少年のことであった。また、北隣の老人と隣の男はこんな話をしあった。
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