いぼうとした月の円さ位のものがあって、それが見ているうちに螢火のようにばらばらになって下へ落ちてしまった。私の頭には八番の陰火《けちび》と云うことが思いだされた。と、また松の上に火の団《かたまり》が見えて、見えたかと思うと、またばらばらに散った。私の頭はじゃんとして体が痺れたようになった。私の側にいた寅という少年は泣いた。
 この旗奪の夜の怪異は、今から考えてみると実在の怪異であったか、それとも怪異の恐怖の中から創作したものであったか、それはどうもはっきりしないが、その後にあった一つの怪異は実在のもので、老媼茶話の中にでもありそうな話であるが、それは後になって人間の巧智の所産であることが判った。それは私が十二三のときのことであったが、村の人家の北側になった山の麓に清導寺と云う寺があって、其処の住職に対する批評を何人《だれ》がするともなしにしだしたのを聞いた。その寺は肉食妻帯の寺でその住職には妻子があった。
「あんななまぐさ坊主は、法力がないから、あんな山の中にはおることができんそうじゃ」
「清導寺の坊さんは、法力がないと云うじゃないか」
「黒い牛のようなものが、夜よる本堂に出るというこ
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