鷲
田中貢太郎
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)その比《ころ》
|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)七人|御先《みさき》が
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土佐の海岸にあった私の村には、もうその比《ころ》洋行するような人もあって、自由主義の文化はあったが未だ日清戦役前の半農半漁の海村のことであるから、村の人の多くの心を支配したものは原始的な迷信であった。
聖神《ひじりがみ》と云う無名の高僧を祭ったと云う社の森には、笑い婆と云う妖婆がいて人を見ると笑いかけたが、笑いかけられた者はその妖婆の笑えなくなるまで笑わないと病気になって死ぬのであった。は、は、は、と云って笑う妖婆の声は山に反響《こだま》をかえした。その聖神の社の近くにある楠の大木は伐ろうとして斧を入れると血が滴り、朝になるとその切口は癒えて痕が判らなかった。聖神の東になった山のはずれには、三味線松と云う幹の曲りくねった松があった。其処からは時とすると三味線の音が漏れた。その三味線松の近くには眼も鼻もない怪人があらわれることがあった。某日《あるひ》の黄昏《ゆうぐれ》隣村から帰っていた村の女の一人
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