わなければ、これからどんなことでもいたしましょう」
 章は親もない兄弟もない、独身の貧しい猟師であった。
「私は、親もない兄弟もない、独身者の自由な体だ」
「では、どこにいらしてもかまわないのですね」
「そうですとも、どこにおってもかまわないのです」
「では、私達といっしょにいらしてくださいませんか」
「いいですとも」

 章は女の家に同居することにして室をもらった。朝の食事にも女も乳母も宵のように無邪気であった。章は女のそうした容にあきたりないところがあった。
 食事がすむと章は弓を手にして出かけて往った。そして、夕方になると獲た鳥や獣を持って帰ってきた。
 焚火の傍で三人の食事で行われた。女と乳母は相変らず無邪気に物を喫《く》った。
 章が気をつけてみると、女と乳母は昼間はどこかへ出かけて往った。章はある時、それを乳母に訊いた。
「毎日どこかへ出かけて往くようですが、どこへ往くのです」
 乳母は章の顔を見て、その眼の色を読むようにした。
「別にどこへも往くのじゃありませんが、ただぶらぶらと二人で往ってくるのですよ」
 章はただ目的もないのに毎日出て往くというのが不思議に思われた。そ
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