れに自個《じぶん》のとってこない鳥獣の肉がたくさんあることがあるので、ついすると、二人で猟にでも往くのではないかと思ったが、べつに弓矢らしい物を構えているようにも思われなかった。章はある日、またその不審を質《ただ》そうとした。
「どこかへ往ってるでしょう、隠さなくてもいいじゃありませんか」
「ほんとうは、この前方《むこう》の山に、お嬢さんの叔母さんになる方が隠れておりますから、そこへ遊びに往きます」
 章の疑はやっと解けた。疑が解けるとともに、むこうの山へ往き来する路に、いつも狼の出没する危険を思いだした。
「彼処《あそこ》には、狼がおるじゃありませんか、あぶないですよ、今度往く時には、私が送ってあげましょう」
「いや、二人は慣れておりますから大丈夫ですよ、狼が来ても巧く逃げますから」
「いや、それはあぶない、いくら慣れておっても、女ではいつどんな目に遭うか判りません」
 章は自個の経験している狼の恐ろしいことを懇々と説き聞かせた。しかし、二人はそれを用いなかった。章が狩に出かけて往くと、その後でやはり二人で出かけて往った。
 章は二人が自分の言葉を用いないので、それを言うことは止して
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