狼の怪
田中貢太郎

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)凭《もた》せかけた

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(例)[#「なったのて」はママ]
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 日が暮れてきた。深い山の中には谷川が流れ、絶壁が聳え立っていて、昼間でさえ脚下に危険のおおい処であるから、夜になっては降りることができない、豪胆な少年も当惑して、時刻に注意しなかったことを後悔した。彼はしかたなしに大きな岩の下へ往って、手にしていた弓を立てかけ、二疋の兎を入れている袋といっしょに矢筒も解いて凭《もた》せかけた。
 右手に方《あた》って遠山が鋸の歯のように尖んがった処に、黄いろな一抹の横雲が夕映の名残りを染めて見えていた。章《しょう》はぼんやりした眼で、その横雲の方を見ながら、糧食《べんとう》の残りの餅を喫《く》っていた。下の方の谷では、水の音とも風の音ともわからない、ざ、ざ、という音がしていた。彼は襟元に寒さを感じた。
 もう四辺《あたり》は真暗になってきた。遠くの方で獣の吼える声が物凄く聞えてきた。深い高い空には星が光って見えた。章は星の光を透して見ながら、もう月が登
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