うなされます、もし、おかまいがないなら、私の方へお泊りなされては如何でございます」
「いや、それは、今もお嬢さんにお願いしてたところです、私はこの下の村の猟師ですが、獣を追駈けてるうちに、日が暮れてしまって、しかたなしに寝てた者ですから、お嬢さんをお送りして、簷《のき》の下でも拝借しようと思っておりました」
「それでは、どうぞ、何もおかまいいたしませんが、私の方はお嬢さんと二人きりで他に何人《だれ》もおりませんから」

 三人は小さな山の畝《うね》りを東の方へ越していた。背の高い女は、若い女の乳母であった。章はこうして山の中に、二人の女が暮しているのが不思議でたまらなかった。
 畝りを越えて降りて往くと、谷の窪地になって一軒の家が月の下にすぐ見えてきた。門の前には谷水が白く流れて、それに石橋が架けてあった。乳母はその石橋をさきへ渡って家の中へ入って往った。
 錦の帷《とばり》の見える室《へや》の中に燈火《あかり》が点《つ》いていた。章はその室へ通されて一人で坐っていた。乳母と女が入ってきた。二人の手には肉を盛った鉢があった。
「何もありませんが、おあがりになってくださいまし、お嬢さんも
前へ 次へ
全12ページ中6ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
田中 貢太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング