た」
 章は無邪気な女を苦しめては可哀想だと思いだした。
「そうですか、私は、また、獣か何かが来て、嘗めたかと思いました、不意に手を掴んだので、びっくりしたのでしょう」
 女の笑声がそこに起った。
「皆さんが心配してるかもわかりません、送ってあげましょう」
「有難うございます」と言ったが、女はもじもじして起《た》ちあがらない。
「送ってあげましょう、私も猟にきて帰れないので、しかたなしにここに寝ておりますものの、ゆっくり睡れないのですから、貴女の家の簷《のき》の下でも拝借しましょう」
「では、お願いいたします」
 章は立ちあがって猟袋を背にかけはじめた。
「まあ、こんな処に、何をしていらっしゃるのです」と不意に女の声がした。
 章は矢筒を持ったなりに振り返った。二十七八に見える背の高い女が来て立っていた。
「ここでこの方にお目にかかってね」若い女は急に笑いだして、そして言った。「それでね」
「お目にかかってどうしました、また何か、悪戯《いたずら》をなされたではありませんか」
 若い女は笑って何も言わない。
「何かまたきっと悪戯をなされたでしょう」
「ほんとうは悪戯したのよ、この方が睡っ
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