ゆめうつつ》の境にいた章の眼は覚めてしまった。青い衣服《きもの》を着た小柄な女が、自個《じぶん》に片手を掴まれて傍に仆《たお》れていた。
「赦《ゆる》してください、赦してください」
女は泣声を立てた。章は手に力を入れることを止めて、俯伏しになっている女の顔を見た。若い長手《ながて》な顔をした女であった。
「赦してください、悪うございました」
章はこうした山の中へ若い女のくるのを不思議に思わぬでもなかったが、別に敵意のない弱い女ということを見極めたので、掴んでいた手を放した。
「あなたは、どうした方です」
女はそこへ蹲《しゃが》んでしまった。
「この、すぐ、前方《むこう》の谷陰にいる者でございます」
「では、ここへ、何しにきました」
「月が綺麗なものでございますから、つい、ふらふらと歩いてきました」
章は咽喉元を嘗められたような気のしたのをおもいだした。
「私は、貴女の手を、どうした拍子に掴んだのか判らないが、なんだか夢心地に、咽喉元を嘗められたように思います、私の咽喉をどうかしたのですか」
黒い水みずした眼があった。
「どうも悪うございました、つい悪戯《いたずら》をいたしまし
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