こでひどく駭いて鏡を取って顔を映したが、たちまちうっとりとなって言った。
「お母さん、私の体には何人か他の人がいるのですよ」
 母親ははじめてその怪異を悟った。女はまた鏡を見てひどく泣いて言った。
「あの時には、私も容色《きりょう》に自信があったのだ、それでも蓮香姉さんを見ると恥かしかったが、今、かえってこんな顔になったのだ」
 傍にいる人は李の鬼であるということが解らなかった。女は履を取って泣き叫んで、なだめてもやめなかった。そして、蒲団にくるまって寝て、食物を持って往っても喫《く》わなかった。体は一めんに腫れて、七日位の間は何も喫わなかったが死ななかった。そして腫れがやっとひいて、ひもじくてたまらなくなったので、そこで食事をした。
 二三日して体一めんが※[#「やまいだれ+蚤」、第3水準1−88−53]くなって皮がことごとく脱けた。そして朝はやく起きて、病中にはいていた履の落ちているのを拾って履いたが、大きくて足に合わなかった。そこで桑の所からもらってきたかの履をつけてみるとしっくりと合った。燕児は喜んでまた鏡を執って見た。それは眉も目も頬も婉然たる李であった。燕児はますます喜んで
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