ころがあるように思ったので、其所へ来た理由を訊いた。女は彼方を見此方を見してぼんやりとなって自分でも解らないようになった。その席にいた一人が、
「桑生は病気で国へ帰ったというじゃないか、そんなことはないだろう」
と言った。女は、
「たしかにおります、帰ったというのは嘘です」
と言って聞かなかった。章の家ではひどく疑っていた。東隣の男がそれを聞いて、垣を踰《こ》えてそっと往って窺いた。桑と美人が向きあって話していた。東隣の男はいきなり入って往った。女はひどくあわてていたが、そのまに見えなくなってしまった。東隣の男は言った。
「君は帰ってるはずじゃないか、どうしたのだ」
桑は笑って言った。
「いつか君に言ったじゃないか、女なら納れるってね」
東隣の男は燕児の言ったことを話した。桑は燕児の家へ往って探ろうとしたが口実がないので困った。燕児の母親は、桑生のまだ帰っていないことを聞いて、ますます不思議に思って、傭媼《やといばば》に履があるかないかを探らしによこした。桑生は履を出して与えた。
燕児は履がくると喜んだ。そしてその履を穿《は》こうとしたが一寸ばかりも小さくって履けなかった。そ
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