た。
「いや、俺は船幽霊じゃない、騒いでくれるな」
 色の蒼白い背の高い男が船頭の前で穏かに云った。
「船幽霊でなけりゃ、何んじゃ」
「俺は、土州安芸|郡《ごおり》崎の浜の孫八と云う船頭じゃ、あと月の廿日の晩、この傍を通っておると、大|暴風雨《じけ》になって、海込めに遭い、二十人の乗組といっしょに死んでしまったのじゃ、で、頼みがあってやって来た」
「頼みと云うのはどんなことじゃ、俺にできることなら頼まれてやろう」
「それはありがたい、では、俺が海込めに遭うて、乗組二十人といっしょに、死んだと云うことを、国許へ報らしてやってくれ、頼みたいことは、このことじゃ」
「よし、この船は大阪へ寄るから、大阪の土佐邸まで知らしてやっても好いが、何も証拠が無いに、雲を掴むような知らせでは、知らして往く方も困るし、むこうも本気にしないだろう、何か証拠になるものは無いか」
「では証拠を書く、紙と硯を貸してくれ」
「よし、紙と硯があるから、書け」
 船頭は舵柄に執りついて震えている舵手に云いつけた。舵手の一人は直ぐ傍の箱を手探りに執って、それを船頭の方へ出した。船頭はその箱を引き寄せて紐を解き、その蓋を開け
前へ 次へ
全6ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
田中 貢太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング