がいて、下駄を出し、門口の戸を細目に開けて呉れる、下駄を履いて、出ようとすると、女が後から来て、半分出かけた俺の背中を、それもその皿鉢の真上を、三つ続けて、とん、とん、とんと叩いて、
(またお出でよ)
 と、云って笑ったが、皿鉢|盗人《どろぼう》は承知と見えて、それっきり何も云わない、云わない筈さ、泥絵の絵具を塗ったように、金襴手の上薬がぼろぼろこぼれるという二分もしない皿鉢さ」
 船は遠州灘の戸島の側を通っていた。船頭の酔がやや覚めかけて話がきれぎれになりかけた時、鼠色に見える白帆の影になった空中に、ふうわりとしたものの形が何処からともなく見えて来た。雲霧か何かが風のぐあいで吹き飛ばされて来たものだろうと、舵手《かこ》の一人がそれを見て思った。そのうちにその雲霧のようなものの影は、ふわふわと舵柄の傍へ降りて来た。その影の中には蒼白い人の顔があった。船頭が直ぐそれに眼を注《つ》けた。船頭は煙管を逆手にかまえた。
「船幽霊が来やがった」
 二人の舵手《かこ》は舵柄にすがったなりで起きあがれなかった。
「船幽霊が来たぞ、船幽霊が来たぞ、壮い奴等、灰を持って来い」
 船頭の大きな声がまた響い
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