ずに、そのまま打っちゃらかしておいてさっさと引きさがって往くのを見すますと、しめたと床へ入り、直ぐ寝たふりをして見せると、女は室《へや》を出て往っちまう、で、便所へ往くふりをして、そっと広間へ往って、その皿鉢の中の残り肴を平げてしまい、中を鼻紙で美麗《きれい》に拭いて、出口の障子際へ持ち出し、それから用を達《た》して、座敷へ帰り、また横になって時刻を計っておると、もう二番鶏の声がする、よし、好い時刻が来たぞと、急に寝衣《ねまき》を己《じぶん》の褞袍《どてら》に着かえ、そっと広間の方へ往って、彼《あ》の皿鉢を執って背中に入れ、何くわん顔をして、座敷へ帰って煙草を喫んでおると、そこへ女が見廻って来る、ところで、女は、そんな客には毎晩馴れてるので、何とも思わない。
(さあ、もうおかえり)
 と云う奴さ、で鸚鵡返しに、ああかえるよと云って、かえりかけると、女は洒々として送って来る、もうすこしじゃ、門口を一歩出さえすれば大丈夫じゃ、今、見つけられたら、えらい目に会わされる、こいつは大事に歩かんといかんと思って、ゆっさ、ゆっさと廊下を歩いて、やっと出口まで来た、不寝番《ねずのばん》の妓夫《ぎゆう》
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