くり」、第3水準1−92−18]は鬼使に向って言った。
「僕は人間界にあって、儒を業としておる者だから、地獄のことを聞いても、今までこれを信じなかったが、今日、ここへ来たから、一度見たいと思うが、見えるだろうか」
 鬼使は言った。
「見えることは見えるが、ただ刑曹録事《けいそうろくじ》の許しを得なくちゃいけない、では刑曹録事の許しを得ようじゃないか」
 鬼使は※[#「言+饌のつくり」、第3水準1−92−18]を伴《つ》れて西廊を循《めぐ》って往った。
 一つの庁堂があって、帳簿を山のように積んで吏員の一人が坐っていた。それが刑曹録事であった。鬼使の一人はその前へ往った。
「この者が地獄を見たいと申しますから、お許しを願います」
 録事は頷いて朱筆を持ち、一つの帖に何か書いて渡してくれた。それは篆籀《てんりゅう》のような文字で読むことができなかった。
 一行はそこから府門を出て北に向って往った。七八町も往ったところで大きな城がきた。それは鉄板を張り詰めたような黒い厳《いかめ》しい建物で、その中から霧とも煙とも判らない黒い気がもやもやと立ち昇って、それが空の雲といっしょになっていた。
 城
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