じていじょこく》を免れず。東塗西抹《とうとせいまつ》、命の蹇《けん》し時の乖《そむ》けるを救わず。偶《たまたま》不平を以って鳴けば、遽《にわか》に多言の咎《とがめ》を獲、悔、臍《ほぞ》を噬《か》むも及ぶなし。尾を揺《うご》かして憐を乞うを恥ず。今其罪名を責むるを蒙り、其状を逼《せま》らる。伏して竜鱗を批《う》ち竜頷を探る。豈《あ》に敢て生を求めんや。虎頭《ことう》を料《はか》り虎鬚《こしゅ》を編む。固より禍を受くるを知る。言此に止まる。伏して乞う之を鑑《かんがみ》よ。
[#ここで字下げ終わり]
※[#「言+饌のつくり」、第3水準1−92−18]の供書は吏員の手から王の前へ往った。王はその供書を見てから言った。
「令狐※[#「言+饌のつくり」、第3水準1−92−18]の持論は正しい、志も回《よこしま》でない、条理も立っている、罪を加えることができない、放還して遺直を彰《あらわ》すがよい」
王はその後で言った。
「烏老はやはり捕えてきて、獄に置かなくてはならない」
※[#「言+饌のつくり」、第3水準1−92−18]はそこで最初の鬼使の二人に送られて帰ることになった。※[#「言+饌のつくり」、第3水準1−92−18]は鬼使に向って言った。
「僕は人間界にあって、儒を業としておる者だから、地獄のことを聞いても、今までこれを信じなかったが、今日、ここへ来たから、一度見たいと思うが、見えるだろうか」
鬼使は言った。
「見えることは見えるが、ただ刑曹録事《けいそうろくじ》の許しを得なくちゃいけない、では刑曹録事の許しを得ようじゃないか」
鬼使は※[#「言+饌のつくり」、第3水準1−92−18]を伴《つ》れて西廊を循《めぐ》って往った。
一つの庁堂があって、帳簿を山のように積んで吏員の一人が坐っていた。それが刑曹録事であった。鬼使の一人はその前へ往った。
「この者が地獄を見たいと申しますから、お許しを願います」
録事は頷いて朱筆を持ち、一つの帖に何か書いて渡してくれた。それは篆籀《てんりゅう》のような文字で読むことができなかった。
一行はそこから府門を出て北に向って往った。七八町も往ったところで大きな城がきた。それは鉄板を張り詰めたような黒い厳《いかめ》しい建物で、その中から霧とも煙とも判らない黒い気がもやもやと立ち昇って、それが空の雲といっしょになっていた。
城門の口には見るからに恐ろしい守衛がたくさんいた。皆牛の頭のように角のある顔の恐ろしい、それで体の青い紺色の髪の毛の、頭にも手足にももじゃもじゃと生えた者で、それがそれぞれ戟《ほこ》のような物を持っていた。それは立っている者もあれば坐っている者もあった。
二人の鬼使は前《さき》に立って往って、かの帖を一人の守衛の前にさしだした。守衛は一眼見て頷いた。
そこで一行は門の中へ入った。中からは遠濤《とおなみ》の音のような人の泣声が聞えてきた。それは物凄い、肉を刻まれ骨を砕かれる時のような叫びであった。※[#「言+饌のつくり」、第3水準1−92−18]はもう足が縮《すく》んでしまった。
物凄い叫喚の場処はすぐきた。黒い霧とも壁とも判らない物に四辺《あたり》を囲まれた中に、血みどろになった人がうようよといて、それがのたうって悶掻き叫んでいた。体の皮を剥《はが》れた者、腹を裂かれた者、手を切られた者、足を切られた者、眼を剔《えぐ》られた者、舌を抜かれた者、それはもう人間の感情を持っていては、ふた眼と見ることのできないものばかりであった。※[#「言+饌のつくり」、第3水準1−92−18]は眼前が暗んだようになった。
「さあ、もうすこし前へ往こう」
鬼使の一人がそう言って前の方へ歩くので、※[#「言+饌のつくり」、第3水準1−92−18]は逃げ走るようにそれに随いて往った。叫喚楚毒《きょうかんそどく》の声は車の廻るように耳の中で渦を捲いていた。
※[#「言+饌のつくり」、第3水準1−92−18]の眼の前に、銅のような横倒しにしてある二つの柱があって、その上に裸体の男と女が一人ずつ縛られているのが見えた。※[#「言+饌のつくり」、第3水準1−92−18]はいくらか心にゆとりができていた。
門口にいた守衛のような角のある体の青い夜叉《やしゃ》が、どこからくるともなしに刀を持って出てきて、男の方に近寄るなり、いきなりその刀を男の腹に突込んで切り裂いた。男は叫ぶ間もなかった。赤黒い血が四辺に散った。と、同時にその臓腑が流れ出た。
女の方はそれを見て叫びながら縛られている手足を動かしだした。夜叉はそんなことには頓着なく、男の腹を裂いて血みどろになった刀を持って往ってまたその腹に突き刺した。女の声はばったり絶えた。その傷口からも血といっしょに臓腑が流れ出た。
そこへ他の夜叉が湯気
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