員がおり、また鬼卒も控えていた。
鬼使は※[#「言+饌のつくり」、第3水準1−92−18]を階段の下へ連れて往って、そこへ押し据えるようにした。
「ここに控えておれ」
※[#「言+饌のつくり」、第3水準1−92−18]はそこへ跪《ひざまず》いた。と、一人の鬼使は※[#「言+饌のつくり」、第3水準1−92−18]の傍に残り、一人は階段を登って殿上へ往った。
「令狐※[#「言+饌のつくり」、第3水準1−92−18]を捕えてまいりました」
すると王が頷いて、※[#「言+饌のつくり」、第3水準1−92−18]の方を見おろして激しい声で言った。
「その方は儒書を読んでおりながら、自分の身を検束することを知らないで、みだらな辞《ことば》を吐いて、我が官府をそしるとは、何事だ、その方を犁舌獄《りぜつごく》へ下すからそう思え」
その声が終るか終らないかに、三四人の鬼卒が※[#「言+饌のつくり」、第3水準1−92−18]の処へ走ってきた。※[#「言+饌のつくり」、第3水準1−92−18]はもう両手を掴まれ、頭髪を掴まれた。※[#「言+饌のつくり」、第3水準1−92−18]は懼《おそ》れて傍にある檻楯《てすり》に掻きついた。
「放せ」
「何をする」
鬼卒達は※[#「言+饌のつくり」、第3水準1−92−18]を引き放して曳きずって往こうとしたが、※[#「言+饌のつくり」、第3水準1−92−18]は一生懸命に掻きついているのでなかなか放れない。
「しぶとい奴だ」
鬼卒達は無理にその手を引き放そうとした。と、その拍子に檻楯が折れた。※[#「言+饌のつくり」、第3水準1−92−18]はもう犁舌の獄へ下らなければならなかった。彼は大声で叫んだ。
「令狐※[#「言+饌のつくり」、第3水準1−92−18]は人間の儒士であります、罪がないのに刑を加えられようとしております、もし天がこれを見ておられるなら、どうか罪のないことを明かにしてください」
王の側に緑袍《りょくほう》を著て笏《しゃく》を持った者が坐っていた。緑袍の男はこれを聞くと、王の方へ向って言った。
「あの男は、人の陰私《いんし》を訐《あば》くことを好む者でございます、ただ罪を加えても伏しませんから、供書を取って、犯している罪を明かにするがよろしかろうと思います、そうすればとやかくいう詞《ことば》がないと思われます」
王はその詞を用いた。
「よし、それでは供をさせよう」
吏員の一人は紙筆を操《と》って※[#「言+饌のつくり」、第3水準1−92−18]の前へ置いた。
「これに事実を書くがよいだろう」
※[#「言+饌のつくり」、第3水準1−92−18]は事実を書こうにも犯した罪がないから書きようがない。
「私は、犯した罪がありませんから、書くことがありません」
王の声が頭の上へ落ちかかるように聞えた。
「その方は罪がないというが、あの一陌の金銭便ち魂を返す、公私随所に門を通ずべしは、何人の句だ」
※[#「言+饌のつくり」、第3水準1−92−18]ははじめて地府を嘲った詩によって罪を得たことを知った。彼は筆を執った。
[#ここから2字下げ]
伏《ふ》して以《おも》う、混淪《こんりん》の二気、初めて天地の形を分つや、高下三歳、鬼神の数を列せず。中古より降って始めて多端を肇《はじ》む。幣帛《へいはく》を焚いて以て神に通じ、経文を誦して以て仏に諂《へつら》う。是に於て名山大沢|咸《ことごと》く霊あり。古廟叢祠|亦《また》主者多し。蓋《けだ》し以《おも》ふ[#「ふ」はママ]に、群生昏※[#「執/土」、第4水準2−5−9]《ぐんせいこんてん》、衆類冥頑《しゅうるいめいがん》、或は悪を長じて以て悛《あらた》めず、或は凶を行うて自ら恣《ほしいまま》にす。強を以て弱を凌ぎ、富を恃《たの》み貧を欺く、上は君親に孝ならず。下は宗党に睦しからず。財を貪り義に悖《もと》り、利を見て恩を忘る。天門高くして九重知ることなく、地府深くして十殿是れ列れり。※[#「坐+りっとう」、第3水準1−14−62]焼舂磨《ざしょうしょうま》の獄を立て、輪廻報応《りんえほうおう》の科を具《そな》う。善をなす者をして勧んで益《ますます》勤め、悪をなす者をして懲りて戒めを知らしむ。法の至密、道の至公《しこう》と謂うべし。然して威令の行わるる所、既に前に瞻《み》て後に仰ぎ、聡明の及ぶ所、反って小を察して大を遺《わす》る。貧者は獄に入りて殃《わざわい》を受け、富者は経を転じて罪を免る、惟《これ》傷弓《しょうきゅう》の鳥を取り、毎《つね》に呑舟《どんしゅう》の魚を漏す。賞罰の条、宜しく是の如くなるべからず。※[#「言+饌のつくり」、第3水準1−92−18]の如き者に至りては、三生の賤士、一介の窮儒、左枝右梧《さしうご》するも、未だ児啼女哭《
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