令狐生冥夢録
田中貢太郎
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)鬼神変化《きじんへんげ》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)金銭|便《すなわ》ち魂を返す
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(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)令狐※[#「言+饌のつくり」、第3水準1−92−18]《れいこせん》
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令狐※[#「言+饌のつくり」、第3水準1−92−18]《れいこせん》という儒者があった。非常な無神論者で、鬼神変化《きじんへんげ》幽冥果報《ゆうめいかほう》というようなことを口にする者があると、かたっぱしから折破《せっぱ》して、決して神霊の存在を許さなかった。それに生れつき剛直で世に恐れるものがなかったので、傲誕自得《ごうたんじとく》という有様であった。
※[#「言+饌のつくり」、第3水準1−92−18]の家の近くに烏老《うろう》という富豪があった。その烏老はありあまる身分でありながら、強欲で貪ることばかりやっていたところで、ある夜急病が起って死んでしまった。※[#「言+饌のつくり」、第3水準1−92−18]をはじめ烏老の不義を憎んでいる者は、いい気味だと思っていると、三日目になって甦《いきかえ》った。人がその故《わけ》を聞くと、烏老はこんなことを言った。
「わしが死んだ後に、家内の者が仏事をやって、しこたま紙銭《しせん》を焚いたので、冥府《じごく》の役人が感心して、それで送り還してくれたのだよ」
※[#「言+饌のつくり」、第3水準1−92−18]は烏老のいうことを聞いて、馬鹿馬鹿しくもあったが、正直な男だけに、楮幣《ちょへい》を焚いたがために貪欲漢を甦らしたということがぐっと癪に触った。彼は腹の立つのをじっと耐《こら》えて嘲笑を浮べて言った。
「貪官汚吏は、賄賂を取って法を曲げるので、金のある者は罪を逃れ、貧しい者は罪になる、これはこの世ばかりと思っていたのに、冥府はこれよりもえらいと見える」
そこで※[#「言+饌のつくり」、第3水準1−92−18]は詩を作った。
[#ここから2字下げ]
一陌《いっぱく》の金銭|便《すなわ》ち魂を返す
公私随所に門を通ずべし
鬼神徳の生路を開くあり
日月光の覆盆を照すなし
貧者何に縁《よ》ってか仏力を蒙《こうむ》らん
富豪容易に天恩を受く
早く善悪|都《すべ》て報《むくい》なしと知らば
多く黄金《こがね》を積んで子孫に遺さん
[#ここで字下げ終わり]
詩が出来ると※[#「言+饌のつくり」、第3水準1−92−18]は面白そうにそれを朗吟した。
その夜※[#「言+饌のつくり」、第3水準1−92−18]は、自分の室《へや》で独り燭を明るくして坐っていた。もうかなり夜が更けて四辺《あたり》がしんとしていた。
※[#「言+饌のつくり」、第3水準1−92−18]の頭には楮幣《ちょへい》を焚いたがために甦ったという烏老のことや、昼間に作って朗吟していた詩の文句などがいっぱいになっていた。※[#「言+饌のつくり」、第3水準1−92−18]は何かしら誇りを感じて得意になっていた。
室の中へ何者かがつかつかと入ってきた。※[#「言+饌のつくり」、第3水準1−92−18]はふと顔をあげた。獰猛《どうもう》な顔をした人とも鬼とも判らない者が二人入ってきたところであった。
「地府《じごく》から命を受けて、その方を逮捕にまいった」
鬼使は※[#「言+饌のつくり」、第3水準1−92−18]に向ってきた。※[#「言+饌のつくり」、第3水準1−92−18]は驚いて走ろうとした。
「逃げようたって逃がすものか」
「こら」
鬼使の一人は※[#「言+饌のつくり」、第3水準1−92−18]の襟がみを掴み、一人はその帯際に手をかけた。※[#「言+饌のつくり」、第3水準1−92−18]はそれを振り払って逃げようとした。彼は襟がみにかけた鬼使の手を掴んで引き放そうとしたが放れなかった。
「何をする」
「騒ぐな」
※[#「言+饌のつくり」、第3水準1−92−18]の体は釣りあげられたようになって脚下《あしもと》が浮いた。※[#「言+饌のつくり」、第3水準1−92−18]はどうすることもできなかった。
鬼使は走るようにして歩いた。※[#「言+饌のつくり」、第3水準1−92−18]の足はもう地べたに著かなかった。
官省の建物のような大きな建物がきた。鬼使は※[#「言+饌のつくり」、第3水準1−92−18]を連れてその門の中へ入った。
※[#「言+饌のつくり」、第3水準1−92−18]は恐る恐る前を見た。殿上の高い処に一人の王者が冕《かんむり》を被り袍《ほう》を著て案《つくえ》に拠って坐っていた。その左右には吏
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