の立っている湯を盛った大きな杓《ひしゃく》を持ってきた。※[#「言+饌のつくり」、第3水準1−92−18]はあの湯をどうするだろうと思って見ていた。夜叉は男の傍へ往って裂かれた腹の上へ杓を持って往き、それを傷口へ注いだ。するとまた他の夜叉がやはり同じような湯の杓を持ってきて、それを女の腹の傷口へ注いだ。
「あれはどうするところだろう」
 ※[#「言+饌のつくり」、第3水準1−92−18]は不思議に思って鬼使の一人に聞いた。
「あれは汚れた腹の中を洗っているところだよ」
 鬼使はむぞうさに答えた。
「何故洗うだろうね」
「あの男は医者だよ、あの女の夫の病気を癒してやってるうちに、あの女と姦通したが、そのうちに夫が死んでしまった、べつに手をおろして殺したというではないが、そんなことで病人を大事にしなかったから、殺したも同じことだ、だからああして腹を洗ってるよ」
「そうかなあ」
 一行はまた歩いた。
 僧侶や尼僧達がたくさん裸になって立っている処があった。そこは夜叉達が牛や馬の皮を持ってきて、それを尼僧の頭から覆《かぶ》せていた。覆せられた者はそれぞれ牛や馬になった。一人の馬の皮を被せられた太った尼は、馬になるとともにひひんひひんと言って地を蹴だした。夜叉は面倒くさそうにそのたて髪を掴んで連れて往こうとした。馬は跳ね躍って往こうとしなかった。夜叉は脚下にある鉄の鞭を取ってびしゃびしゃと腰のあたりを叩《たた》いた。肉が破れて血が飛び散った。馬は一声叫びながら前の方へ駈けだした。
「ここで畜類にせられているのは、どういう訳だろう」
 ※[#「言+饌のつくり」、第3水準1−92−18]はまた聞いた。
「あの僧尼達は、自分が手を動かさずして世を渡り、そのうえ戒律《かいりつ》を守らないで、婬を貪り、葷《うん》を茹《くら》い、酒を飲んだので、牛馬にして人に報いをさすところだ」
 三人はまた次の処へ往った。そこには入口に榜《たてふだ》があって誤国之門《ごこくのもん》という文字が見えていた。その門の内には鉄床があって、その上に数十人の者が坐らされていた。皆重罪の者と見えて、手には手械《てかせ》がかかり、足には足械をし、首には青石の大きなのを首械として置いてあった。
「あの男を見るがいい」
 鬼使の一人は罪人の一人へ指をさした。
「あれは何人《だれ》だろう」
 ※[#「言+饌のつくり」、第3水準1−92−18]は聞いてみた。
「あれは宋の秦檜《しんかい》さ、忠良を害し、君を欺き、国を滅したから、こんな重罪を受けておる、他の者も皆国を誤ったもので、この者どもは、国の命が革《あらた》まるたびに、引出して、毒蛇に肉を噬《か》まし、飢鷹に髓を啄《つつ》かすのだ、それで、肉が腐り爛《ただ》れてなくなると、神水をかけて業風《ごうふう》に吹かすと、また本の形になる、こんな奴は、億万|劫《ごう》を経ても世には出られないよ」
 ※[#「言+饌のつくり」、第3水準1−92−18]はもう家へ還りたくなった。
「もういい、家へ還りたい」
 鬼使は※[#「言+饌のつくり」、第3水準1−92−18]を送ってそこを出た。そしてすこし歩くともう※[#「言+饌のつくり」、第3水準1−92−18]の家であった。※[#「言+饌のつくり」、第3水準1−92−18]はもう送って貰わなくてもよかった。
「もういい、ここでたくさんだ、還って貰おう、しかし、何もお礼をするものがなくて気の毒だ」
 すると鬼使が笑った。
「お礼はいらない、それよりか、また詩を作って、世話をかけないようにして貰おう」
 ※[#「言+饌のつくり」、第3水準1−92−18]も声を立てて笑った。そのはずみに夢が覚めて欠伸《あくび》が出た。
 朝になって※[#「言+饌のつくり」、第3水準1−92−18]は夢のことを考えて、烏老の家へ往ってみた。烏老は前夜の三更の頃に歿《な》くなっていた。



底本:「中国の怪談(一)」河出文庫、河出書房新社
   1987(昭和62)年5月6日初版発行
底本の親本:「支那怪談全集」桃源社
   1970(昭和45)年発行
入力:Hiroshi_O
校正:noriko saito
2004年12月14日作成
青空文庫作成ファイル:
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