きたいね」
「所なんかいいじゃありませんか、今にすぐわかりますよ、眼と鼻の間にいる者ですから」
源はふとこの女は付近の豪家に仕えている侍女でないかと思った。そう思うと双鬟に結うた髪にそれらしい面影があった。
源はある晩酒を飲んでいた。そこへ少女が入ってきた。源は少女の衣服に指をさした。
「緑の衣あり、緑の衣に黄の裳《もすそ》せり」
と詩経の句を歌うように言ってから、
「これはあなたのことさ」
源は面白そうに笑った。少女は顔を赧《あか》くして俯向いてしまった。詩経の句は婢妾《ひしょう》のことを歌ったものであった。源は少女の気に障ったと思ったので、すぐ他のことに話を移してしまった。
少女はその翌晩から源の許へ姿を見せなかった。そして五六日して来た。
「何故あなたはこなかったのです、どんなにあなたを待ったか知れませんよ」
少女を待ち兼ねて懊悩《おうのう》していた源は、少女の顔を見るなり恨めしそうに言った。
「でも、あなたは、この間あんなことをおっしゃったじゃありませんか、私はあなたと偕老《かいろう》を思ってるのに、あなたは、私を、妾のように思っていらっしゃるじゃありませんか」
前へ
次へ
全13ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
田中 貢太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング