。「なあんだ」
小八はやっと手を離した。女は額の紙を払い除けて極まり悪そうに小八の方を向いた。夜はもう明け放れて薄すらした霧のようなものが四辺《あたり》に漂うていた。
小八は女の顔に注意した。それは壮《わか》い※[#「女+朱」、第3水準1−15−80]《きれい》な女であった。
「姐さんは、何時からこんなことをやってるんだ」と、小八は笑いながら云った。
「私はこの春から、此方へ売られております」
「他にもお前さんのような者がいるのか」
「それは数多《たくさん》おります。老人《としより》でも小供でも、お客さんの見たいと云う亡者になりますから……」
「面白いなあ」
「何の面白いことがございましょう、私は一生を五十両に売られておりますから、厭でもやらねばなりません」と、女は悲しそうに云った。
小八はたよりなさそうな女の顔をじっと見ていた。
「お願いでございますから、どうぞ今日のことは、お見逃しを願います、私ばかりでない、こんなことが表沙汰になりますと、主人がどんな目に逢うかも知れませんから……」
「……乃公《おいら》は、先月死んじゃった女房に逢いたくなって、江戸からわざわざやって来た者だ
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