が、考えてみれば、此方が痴《ばか》さ、やかましく云や、かえって耻さらしだ……」と云って、小八はまた心を女の方に向けて、「どうだ姐さん、お前もこんな処で、幽霊の真似をしていたところで、別に好い芽も出ないだろう、これから乃公と江戸へ往って、いっしょに暮そうじゃないか」
女は厭と云った後の男の怒が恐ろしかった。それに死んだ女房の姿を見にわざわざ江戸から来る程の人だから、悪い薄情な男でもないと云うような考えもぼんやり浮んだ。
「どうだ厭かな」と、小八はあっさりと云った。
「……厭じゃありませんけれども……」女はどうとも決心がつかないので返事ができなかった。
「厭でなけりゃ、これから二人で宿へも知らさないで逃げようじゃないか、宿だって、背後《うしろ》暗いことがあるから、追っかけて来ないだろう」
女はまだ考えていた。
「案内人が迎えに来ないうちに、逃げようじゃないか」と小八は女の手をぐっと握った。
三
亡者宿の案内者は、日の出になったので客を迎いに往ったが、どうしたことか客の姿は見えなかった。不審に思って帰って来て主翁に話をすると、主翁はまた山に精しい者を二人ばかりやって、
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