るならお志しだいでいたします」
 小八は懐の紙入を出してその中から一両出して主翁に渡した。
「これで後の回向も頼みます」
「では、すぐ御膳をさしあげますから、それをおあがりになったら、不浄な心を出さないようにお休みなさいませ、好い時刻にお起し申します」と、主翁はこう云いながら手を鳴らして婢を呼んで膳を急がした。

       二

 小八は飯が済むと直ぐ床の中へ入ったが、肌の柔らかな女の体が傍に在るようで睡られなかった。黒い大きな水みずした女の眼は眼花となって眼前《めのまえ》にあった。
「お客さん、お客さん」と、婢に呼ばれて小八は眼を覚した。
「これからお湯に入って、体をお潔めなさいませ」
 小八は起きて婢の後から湯殿へ往った。白みわたった空には其処此処に星が淋しそうに光って裏口のほうで鶏が啼いていた。宵に入った五右衛門風呂には新しい湯が沸いていた。小八は体を※[#「女+朱」、第3水準1−15−80]《きれい》に洗ってあがった。
 室《へや》にはもう膳が来ていた。宵に川魚の塩焼などをつけてあったお菜は皆精進にしてあった。小八の頭はみょうに緊張を覚えた。
 婢が膳をさげて往くと、主翁が
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