いて、それで三度木を打ってくださるなら、何人《だれ》か来ることになっております」
「それで好いなら、とどけてあげよう」
 女は着物の間に入れていた手紙を出して毅に渡した。毅はそれを腰の嚢《ふくろ》の中へ入れながら言った。
「貴女は何のために羊を牧《ぼく》しているのです」
「これは羊ではありません、雨工《うこう》です」
「雨工とはどんな物ですか」
「雷の類です」
 毅は驚いて羊のようなその獣に眼をやった。首の振り方から歩き方が羊と違った荒あらしさを持っていた。毅は笑った。
「では、これを洞庭へとどけてあげよう、そのかわり、帰ってきた時は、貴女は逃げないでしょうね」
「決して逃げはいたしません」
「では、別れましょう、さようなら」
 毅は馬を東の方へ向けたが、ちょと行って振り返って見ると、もう女の影も獣の影も見えなかった。
 毅はそれから一月あまりかかって故郷に帰ったが、自分の家へ行李を解くなり旅の疲労《つかれ》も癒さずに洞庭へ行って、女に教えられたように洞庭湖の縁《へり》を南へ行った。葉がくれに黄いろな実の見える大きな橘の木がすぐ見つかった。毅はこれだなと思ったので、帯を解いて橘の幹を三
前へ 次へ
全11ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
田中 貢太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング