ると、素人碁客ではあるが彼女よりは遥に強かった。新住職に興味を感じた彼女は、翌日寺へ出かけて往って対局した。結果はやはり前日と同じであった。そこで彼女は、どうかして住職を負かしたいと思って、熱心に研究しながら毎日寺へ通うようになった。時によると朝出かけて夜遅くまで帰らないことがあって、家庭に風波《ふうは》が起った。
 某日《あるひ》彼女と良人《おっと》との間に、平生《いつも》のような口論があった結果《あげく》、彼女は良人に撲《なぐ》りつけられた腹立ちまぎれに、家を飛び出して其の夜は寺へ泊ってしまった。翌日|家《うち》へ帰ってみると家は空家になっていた。彼女の良人は彼女に愛想をつかして、娘を伴れて何処かへ往ってしまっていた。彼女は今更実家へも帰られないので、其のまま寺へ転げこんだ。
 彼女の心はすさむ一方であった。彼女は不在|勝《がち》な住職の眼を忍んで、其の寺に同居していた若い青年画家と戯《たわむ》れた。それが住職に知れかかると、住職の不在中、寺の道具や金目な物を売払って、其の青年画家と駈け落ちした。其のことは直ぐに檀家に知れて大問題となり、住職は女に裏切られた苦しさと、厳しい檀家の糺
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