法華僧の事を思いだした。
「法華僧ですか。見ましたよ、あれを御存じ」
 名音の声は刺々《とげとげ》しかった。
「では、とうとう御覧になりましたね」
「見ましたよ、あれは貴女《あなた》の何ですか」
「では何も彼《か》も一切お話しいたします」
「では、やっぱり、彼《あ》の人は、貴女の」
「そうですよ。でも、もう此の世の人でありませんから」
「まあ」
「私は罪の深い女でございます。私は死ぬほどの苦しみを受けなくてはなりません」
「では病気ではないのですね」
「死霊《しりょう》の祟《たたり》でございます。私はどんなに後悔しているか知れません」
 玉音は地主の娘に生れて従兄弟《いとこ》の弁護士と結婚した。夫婦の間には二人の娘まで出来て、家庭は至極円満であったが、ふとしたことから囲碁に興味を持って、素人|碁客《ごかく》の間では評判になるようになった。そうなると、自分の家ばかりでは満足ができなくなった。彼女は碁会でもあると出かけて往って、終日帰らない事があった。
 恰度《ちょうど》其の比《ころ》、旦那寺の住職が変って新住職が挨拶に来た。新住職は三十四五の色の白い男で、愛碁家らしいので、早速対局してみ
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