るひ》住持は檀家《だんか》の待夜《たいや》に招かれたので、名音も其の供をして往《い》ったが、意外に手間取って帰ったのは夜の十二時過ぎであった。住持は直ぐに寝室に入ったが、名音は便所へ往きたくなったので、土間続きの便所へ往って、帰りに手を洗おうとしたところで、自分の傍を通り抜けた者があった。名音はぎょっとして其の方へ眼をやった。鼠色の法衣《ころも》を着て腰に太い紐を巻いた法華僧の背後《うしろ》姿が見えた。名音は驚いて声をかけようとした。其の瞬間、法華僧は縁側へあがって往ったが、それは影の動くようでやがてぱっと消えてしまった。名音は変だから続いて縁側へ駈けあがって、室々《へやへや》の障子を開けて見たが怪しい男の姿は見えなかった。名音は鬼魅《きみ》が悪いので自分の室へ入るなり寝床の中へもぐりこんだ。しかし、法華僧が気になって容易に眠られなかった。
翌朝《あくるあさ》になって名音は、平生《いつも》のように起きて朝の礼拝を終り、前夜のことを住持に話そうと思っていると、玉音が急に緊張した顔になった。
「あなたは昨夜《ゆうべ》、何か変った物を御覧になりませんでしたか」
「変ったもの」
名音はすぐ
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