とを思い出したので、若党に執りに往かし、己は暗い道を邸のほうへあがって往った。寒い冷たい風が酒に火照った頬に当った。門の建物に近づいたところで、怖ろしい物の気配がして一抱位ある火の光が赫《かっ》と光った。かと思うとそれが末拡がりに監物の顔にかかった。それは身の丈が一丈ばかりもある怪物の口から吐く焔であった。黄金色をした両眼もぎらぎらと爛《かがや》いた。監物は腰の刀を抜いて怪物を目がけて斬りつけた。どたりと物の崩れる音がして怪物の姿は消えてしまった。
「明りを、明りを、早く、明りを」
 監物はそう云いながらも刀を正眼にかまえて少しも油断しなかった。人の駈け歩く跫音《あしおと》がして小門の戸をがたがた云わせながら、手燭を持った男の顔が現れた。
「旦那様」
 監物は手許の光に眼を止めた。
「甚六か、此処だ、怪物を仕留めた」
 臣《けらい》は手燭を高くあげながら監物の傍へ寄って来た。監物は刀を隻手に持ち代えてそれで指し示した。不動の木像を乗せた台が倒れて木像のみは依然として立っていた。手燭の光は台の端板へ斬り込んだ監物の刃の痕を照らした。
「どうなさいました」
 臣は不審して監物の顔を見た。

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