碗を執って一口飲んで乾いた咽喉を潤しながら、見るともなしにむこうの方にやった眼にふと某《ある》物を認めた。
「彼《あ》の宮はなんだ」
 監物の眼は丘の裾になった小さな祠に注がれていた。
「あれは薬師堂でございます。あの薬師の脇立になっております不動は、銘はありませんが、運慶か湛慶か、何人《だれ》か名ある仏師の作でありましょう、ちょいと変っております」
 傍にいた住職が云った。
「そうか、それは一つ見たいな」
 監物はそう云って残りの茶を口にした。
「どうか御覧くださいますように」と、住職は揉手しながら云った。
「見よう」
 監物が腰をあげると老僧が前《さき》に立って案内した。監物の臣は監物の背後《うしろ》からしぶしぶ踉《つ》いて往った。
 芒の穂が其処にも此処にもあった。住職は祠の前へ往って一足後になっている監物の傍に来るのを待ち、左の手首にかけた珠数を持ちなおして、それを爪繰りながら何か口の裏で唱え、それが終ると木連格子《きづれごうし》を左右に開けた。寂寞と坐った薬師像の右側に、火焔を負い剣を杖ついた不動の木像が小さいながらに力を見せていた。
「これだな、なるほど」と、監物は不動の木
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