て、祠の裏から内へ入って内から木連格子を開けてくれた。
背後《うしろ》に日輪を背負うた薬師の木像を真中にして、左に小さな毘沙門の木像が立ち、右には問題の不動の木像についた後光の板と剣があって木像は見えなかった。その木像は近比《ちかごろ》また何人《だれ》かに盗まれたので、その木像の戻って来るような和歌を詠んでくれと村の人が桂月翁に頼んでいた。
私は木像をひとわたり見た後に檮の脇立を借りて眼を通した。
「薬師脇立不動之儀、正徳歳中山内監物殿御盗被[#レ]成候所、於[#二]当村[#一]不思議之事出来仕、是ハ不動尊無[#二]御座[#一]故ト申、迎帰、薬師一同奉[#二]修覆[#一]畢」
と云う文句があった。山内監物殿御盗みなされの処に至って私は微笑した。
「なる程、御盗みは奇抜だ」
戸波を去る時、桂月翁は、「いにしえもかかるためしはあると聞くふたたび返せ沖つ白波」と、云う和歌を書いて村の人の一人に与えた。こんなことで盗品が返ってくるなら、警察に和歌係を置いてさしずめ桂月翁を課長にするだろう。
薬師堂を見に往った時のことであった。私に脇立を見せてくれた県会議員は、その帰りに薬師堂の前の
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