っておると、小さなお堂が見える、其処へ逃げて往って見ると、不動様が立っておった。夢はそれで覚めたが、何しろこれまで見たことのない夢であったよ」
その話はきれぎれに監物の耳に入った。監物は厭な顔をした。彼は体から火の炎々と燃えている奇怪な男に、終夜追いかけられた夢を見ていたのであった。
監物は己《じぶん》の邸へ帰ると、門の脇に台を作ってその上に積善寺から執って来た不動の木像を据えた。
監物は藩主の一族で三万石の領地を受けて、藩の家老格に取扱われている者であったが、至って片意地の強いきかぬ気の男であったから、村役人の家の怪異なども別に気に懸けなかったが、それでも心の何処かに一点のしみを残していた。
その日は初冬の空が晴れて黄色な明るい日が射して、空が碧《あお》あおと晴れており、夕方の空には星が一面に散らばって、静で穏かな一日の終りを示していた。ところで監物が酒の後で飯を喫おうとした比《ころ》から、急に大きな雷鳴が始まった。蒼白い物凄い電光がぎらぎらと雨戸の隙間から眼を眩まして射し込んだ。監物は思わず茶碗を執り落した。続いて大きな雨が激しい音を立てて降って来た。雷は続けざまに鳴りはためいた。その雷の響が凄じく附近の山やまに木魂を返した。電光もひっきりなしに物凄く燃えた。
雷雨は一時ばかりも続いてけろりと止んでしまった。監物が便所へ往った時に見ると、空は宵のように一面の星であった。翌日になって村の人は不思議な雷鳴《かみなり》について語りあった。
「雷鳴の最中には、監物殿のお邸のうえのあたりから、火の団《かたまり》が、四方八方に飛び散った」
「何しろ不思議な雷鳴じゃ」
監物の耳にこんな話が聞えて来たが、彼は別になんとも思わなかった。
それから三日ばかりすると何処ともなしに不思議な音がしはじめた。それは地の底でもなければ谷の間でもない。またそれかと云って空中でもないが、不思議などうどうと云う譬えば遠い海鳴か、山のむこうの風の音とでも云いそうな音が、その日の朝明け比から始まってその日は終日聞え、夜になってもまだ聞えていたが、何時の間にか止んでしまった。
「一体、あの音は何だろう」
「この間の雷鳴《かみなり》と云い、不思議なことじゃ」
「俺は七十になるが、まだこんな不思議なことに逢ったことはない、奇体なことじゃ、これは何かの兆《しらせ》と思われる」
その翌日の昼比不
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