不動像の行方
田中貢太郎
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)背後《うしろ》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)山内|監物《けんもつ》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
[#…]:返り点
(例)御盗被[#レ]成候所
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本話
寒い風に黄ばんだ木の葉がばらばらと散っていた。斗賀野の方から山坂を越えて来た山内|監物《けんもつ》の一行は、未明からの山稼ぎに疲労し切っていた。一行は六七人であった。その中には二疋の犬が長い舌を出し出し交っていた。路の右手に夕陽を浴びた寺の草屋根が見えて来た。
「あすこに寺があったかなあ」と、監物は銃を左の肩に置きかえて云った。
「ありました。あれは清龍寺の末寺で積善寺といいます」
と、監物の背後《うしろ》を歩いていた臣《けらい》の一人が云った。その臣の背には獲物の牡鹿が乗っていた。
「そうか、あれで一服しようじゃないか」
「そうでございます、が、今日は殺生の途中で、穢《けが》れておりますが」
「なに、今時は、坊主からして、魚も喫《く》えば、獣も喫ってるじゃないか」
「そうでございますなあ」
「かまわん、かまわん、一服しよう」
生垣のある寺の門がすぐ見えた。監物はその門へ足を向けた。臣《けらい》の一人は前打《さきうち》に監物より前《さき》へ入って往った。やがてその臣と左の足に故障のある窶々《よぼよぼ》した住職が出て来た時には、監物たちは本堂の前に立って内陣に点《とも》った二三本の蝋燭の光に、大小の仏像の薄すらと浮いているのを眺めていた。
「ようこそお立寄りくださいました。さあ、どうぞ此方へ」
住職は小腰を屈めながら客殿の方へ隻手《かたて》をさした。その眼には血みどろになった獣の屍が映っていた。
客殿は本堂の前を右の方へ折れ曲ったその横手の処にあった。監物が前《さき》に粗末な客殿の竹の簀子を敷いた縁側へ往った。監物は銃を背からおろして、それを簀子の上に投《ほう》り出すように置きながら鷹揚に腰をかけた。
「やれ、やれ、みな疲労《くたび》れたろう」
鹿を初め獲物の兎や雉などは、庭前《にわさき》の黄色くなりかけた芝草の上に置かれた。
其処へ柿色の腰衣を着けた納所坊主が、茶の盆を持って縁側の曲角から来た。その茶は監物の前に出された。監物は隻手にその茶
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