で、皆で瓦を掻き除けて屋根を破ることにした。私もそれに手を貸して瓦を剥いだ。地震に逃げ迷うている人びとがその傍を狂気のようにして往来した。
「火事だ」
 大砲を打つような響きが続けさまに起った。二人の男は潰れた家の屋根の上にあがって、柱の折れたので内の方をまぜるようにしていた。
「大丈夫だよ、大丈夫だよ」
 その時地の底からでも聞えて来るように女の泣き声が聞えて来た。
「もうすぐだよ、すぐだよ、心配しないが好いよ」
 めりめりと屋根の破れる音がするかと思うと、一人の男がしゃがんで柱の折れを入れた所へ手をやった。
「よし、来た、それ、よいしょ」
 髪の乱れた色の青い女が曳き出された。女はひいひい泣いていた。女は出されるなり骨のないようによろよろとなった。私はあがって往ってその女を肩にかけた。女は苧殻《おがら》のように軽かった。私はその女を墓地の垣根の下へ伴れて往って、煉瓦に腰をかけさせた。
「もう大丈夫だ」
 顔の土色をした頬髭の生えた病人が女の後から簷をおりて来た。それは女の夫らしかった。私はそれから藤寺の門前になった藤坂の方へと往った。坂のあがり口の冬は「おでん屋」になる氷屋の一家は
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