、寺の門の内の藤棚の下へ避難していた。そこに太った氷屋の老婆がおどおどして立っていた。
「お婆さん、けがはなかったのですか」
背の高いそこの女も不安な顔をして立っていた。
「先生、火事だというじゃありませんか」
神田方面が火事になったとその女が言った。私は寺の門を離れて坂の上へと往った。広い電車通りには街の両側の人びとが溢れ出て、線路の上に避難していた。電車はそこここに投げ出されたようになっていた。両側の家家の屋根瓦は剥げ落ちて、瓦の下に敷いたソギが現れていた。私は俳友の鈴木寿月君のことが気になったので、右の方へと曲って往った。寿月君の宅はすぐ通路の左側のパン屋の横になった路次の奥にあった。私は人びとの避難している線路を横切って路次の方へ往こうとしたが、どうもやはり線路の上に避難しているらしいので、路次の入口になった線路の所に眼をやった。小柄な寿月君の細君が、線路の上に敷いた筵の上に坐って洋傘をさし、嬰児を膝にしていた。
「や、奥さんですか、大変なことでしたね、けがはなかったのですか」
「私たちはなんともなかったのですが、やどが横須賀へ往ってるものですから、それを心配してるのですよ
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