変災序記
田中貢太郎

−−
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)魔鳥の翅《はね》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)姫|日向葵《ひまわり》の葉

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)やっと[#「やっと」は底本では「やつと」]
−−

 大正十二年九月一日の朝は、数日来の驟雨模様の空が暴風雨の空に変って、魔鳥の翅《はね》のような奇怪な容《かたち》をした雲が飛んでいたが、すぐ雨になって私の住んでいる茗荷谷《みょうがだに》の谷間を掻き消そうとでもするように降って来た。私は平生のように起きて、子供たちと一緒に朝飯を喫《く》い、それから二階へあがって机に向ったが、前夜の宿酔のために仕事をする気になれないので、籐《とう》の寝椅子によっかかりながら、ガラス越しに裏崖の草藪の方を見た。漆の木、淡竹、虎杖《いたどり》、姫|日向葵《ひまわり》の葉、そうした木草の枝葉が強い風に掻きまわされ、白い縄のような雨水に洗われて物凄かった。
 その日はいわゆる二百十日の前日であった。室の中には南風気《みなみげ》の生温い熱気が籠って気味が悪かった。私はもう
次へ
全15ページ中1ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
田中 貢太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング