」
砲兵工廠に勤めている寿月君は、暑中休暇を利用して横須賀へ遊びに往っているところであった。
「横須賀は、そんなことはないでしょう、大丈夫ですよ」
私はそんな気休めを言って引き返したが、その実心配でたまらなかった。私はそれから坂の左側になった小さな洋食屋の前へと往った。私はその前の線路の上にも、椅子に腰をかけた五六人の人びとを見出した。
「お宅はなんともありませんでしたか、たいへんなことになりました」
むすめむすめした商売屋のお神さんらしくない洋食屋のお神さんが、涙ぐましい声で挨拶した。その神さんの傍に鼻の黒子《ほくろ》の眼につく可愛い女が、人なつこい顔をしていた。
「どうだね、びっくりしたかね」
私は坂をおりて寄宿舎の庭へ帰ろうとしたが、煙草が飲みたくなったので、校長の店によって敷島を五袋もらい、ついでに夜の燈火のことを思い出して十本の蝋燭ももらって出た。
「えらい地震がしましたね」
牛込新小川町の下宿にいる若い友人が、心配して見に来てくれたところであった。私はその友人を伴れて寄宿舎の庭へと往った。
「神田方面はひどい火事ですね、砲兵工廠も燃えていますよ」
寄宿舎の門から
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