などの住んでいた一棟は潰れていた。私たちの頭の上には電燈の太い蛇のような線が通っていて、門口の右手よりにその柱があった。私は下宿の方よりもその方が怖かった。シナ人の下宿の軒先にも電信線があった。その下宿の簷《のき》はぐらぐらとしてその柱に当りそうに動いていた。
「さっきのお客さんですよ」
 家内の声がするのでふと見ると、家内の右側に和智君が黒い顔をして生垣に寄りかかっていた。
「お客さん、足をけがしていらっしゃいますよ」
 和智君は私が家内と子供を下へ伴れに往っている間に、二階の簷から飛びおりて右の足首をくじいていた。
「そいつはいかん、僕がもんであげよう」
 私は和智君を崩れた煉瓦の上へかけさして、くじいた足首のあたりを揉んだ。和智君は痛いと言って長くそれを揉まさなかった。
「ここは駄目ですよ、どこかへまいりましょう」
 家内が私に言いかけた時、また地が震うて来た。三四人の者は奈良県の寄宿舎の下の高い崖の方へと往きかけた。寄宿舎の庭なら安全であると私は思った。私は和智君を後で迎いに往くことにして、まず、子供と家内を伴れて往った。その僅かな路の間も電線に注意したり、右側の簷の瓦に注意し
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