るが、どうしたことかそれが見えない。私は不思議に思って気をつけて見た。煙突は向う隣の素人下宿屋の台所の屋根に倒れ落ちて、その屋根をめりこましていた。煉瓦塀は砕けて路次の行詰を埋めていた。私はいきなり向う隣の非常口の木戸の戸を開けた。
「有馬さん、有馬さん、大丈夫ですか」
 と、間をおいて病身な主人の声が台所の方でした。
「た、あ、な、か、さん、で、す、かア」
 主人は台所に這いつくばって、起きようともがいているところであった。
「けがはなかったのですか」
「けエがアは、ありイませんが……」
 主人はのっそりと起きて来た。
「えらいことでしたね、けががなかったなら好いのですね、でも、まだ危険ですから、外へ出ようじゃありませんか」
 私はそのまま走って外へ出た。かなり強い地震がまたやって来て地の上がゆらゆらとした。私は墓地の生垣に体をぴったりと押しつけるようにして、シナ人の下宿を気にしている家内の傍へ往った。その生垣の根方には黒い煉瓦を築いてあったが、それが皆崩れて垣の根があらわれていた。
「ここなら大丈夫だ」
「でも、こわいわ、こわいわ、どうしましょう」
 シナ人の下宿の並びの米屋と差配
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