は欅があり、向う隣の二階家の屋根の上に見える一本の白楊は、葛の葉のような白い裏葉を見せていた。その二階家の向うは総門の左側の角になって、木造の青ペンキ塗りの古いシナ人の下宿があった。墓地の樹木は崖の上の樹木に続いて、その間に一軒の高い窓の家は下宿屋であった。下宿屋の上の家並は大塚の電車通りに沿うた人家で、総門の右側には雑貨店をやっている小学校の校長の住んでいる二階家があって、その向うには墓地の続きになった所に建った大きな建物の簷《のき》が僅かに見えていた。それは奈良県の寄宿舎であった。寄宿舎の右寄りの上にも二軒の二階家が涼しそうな顔を見せていた。
それはもう十一時を過ぎていた。私は胃の勢いであろう物が喫いたくなったので、早い昼飯をこしらえさしてそれを喫い、裏崖に向った窓の下に据えた机の前に往って、泉筆を持って書きさしの原稿紙に三四字書いたところで、家内があがって来て来客を知らした。
「ワチっていう方が見えました」
私はすぐ大町桂月翁の許に寄宿していたことのある和智君ではないかと思った。で、家内に言いつけてあげてみると、果してその和智君であった。和智君は痩せて背のひょろ長い体に洗い晒
前へ
次へ
全15ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
田中 貢太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング