難者の人浪が打っていた。
街路のゆくてには煙が空を焦がして陽の光が黄いろくなっていた。伝通院はすぐであった。その向うには砲兵工廠の一つの建物に赤い火の這いかかっているのが見られた。大砲を打つような音が時どきした。私たちは伝通院前から右に折れた電車の線路になった坂をおりた。その広い安藤坂の中央の左側にある区役所の建物の下手になった人家の簷には、蛇の舌のような火が一面にあがっていた。私たちは坂を降りて江戸川|縁《べり》を船河原橋の方へと往った。片側町の家の後はもう焼け落ちて、その火は後の砲兵工廠の火に続いていた。
私たちはそれから飯田橋を渡って甲武線の線路の上に出た。九段から神田方面にかけて一面の火の海で、中でも偕行社らしい大きな建物に火のかかっている容は悲壮の極であった。黄いろな陽の光を掠《かす》めて業風《ごうふう》のような風が吹いて、それが焔を八方に飛ばし、それが地震で瓦を落した跡の簷のソギをばらばらと吹き飛ばしていた。振り返って砲兵工廠の方を見ると、一段と色の濃い火の中に青や赤の色の気味悪い火を交えて見えた。火薬の爆発するらしい音もそれに交って聞えた。
私はそれから東五軒町へ往
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