娘と別れた。
「あなたが先へいらっしゃい。私は後からまいりますから。」
 夕方になって果して三娘は来た。そしていった。
「私は今|精《くわ》しく探《さぐ》ったのです。あの人は、私と同じ村の孟安仁《もうあんじん》という方ですわ。」
 十一娘は孟が貧しいというのを知ったので、いいといわなかった。三娘はいった。
「あなたは、なぜ世間なみのことを考えるのです。この人は長いこと貧乏する人じゃないのですよ。もしこれが間違ったなら、私は眸《ひとみ》をくりぬいて、二度と豪い男の人相はみないのですよ。」
 十一娘はいった。
「それじゃどうしたら好いでしょう。」
 三娘はいった。
「あなたから何かいただいて、それで約束をするのです。」
 十一娘はいった。
「あなたはあまり気が早いじゃありませんか。私にはお父様もお母様もいるじゃありませんか。赦《ゆる》してくれなかったらどうするのです。」
 三娘がいった。
「これは面倒なことですから、間違うとできないようになるのです。しかし、あなたの心がしっかりしていらっしゃるなら、生死のきわに立つようなことがあっても、だれもあなたの志を奪うことはできないのです。」
 十一娘はどうしてもそれと結婚しようというような気になれなかった。三娘はいった。
「あなたには結婚の機がもう動いているのですが、魔劫《まごう》がまだ消えないのですから、私はこれまでお世話になった恩返しと思って来たのです。ではお別れして、あなたからいただいた金の釵《かんざし》を、あなたからだといって贈りましょう。」
 十一娘は改めて相談してからにしようと思った。三娘は門を出て帰っていった。
 その時孟安仁は多才な秀才として知られていたが、貧乏であるから十八になっても結婚することができなかった。ところで、その日|忽《たちま》ち二人のきれいな女を見たので、帰ってからそのことばかり想《おも》っていた。一更《いっこう》がもう尽きようとしたところで、三娘が門を敲《たた》いて入って来た。火を点《つ》けてみると昼間に見た女であった。孟は喜んで来た故《わけ》を訊いた。三娘はいった。
「私は封《ほう》というものです。范十一娘の伴《つ》れでした。」
 孟はひどく悦んで、精しいことを聞く間もよう待たないで、急に進んで抱きかかえた。三娘はこばんでいった。
「私は毛遂《もうすい》じゃないのです、曹邱《そうきゅう》です。
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