て来た。十一娘は牀《ねだい》の上に泣き伏していたが、ちょうど夫を失った人のようであった。
三、四ヵ月して十一娘の侍女は何かのことで東の方の村へいって、夕方帰っていると、三娘が老婆について来るのにいきあった。侍女は喜んでお辞儀をして、三娘のことを聞いた。三娘も心を動かされたようなふうで、十一娘のことを訊いた。侍女は三娘の袂《たもと》を捉《とら》えていった。
「あなたがお帰りになってから、うちのお嬢さんは、あなたのことばかり死ぬほど思いつめていらっしゃるのですよ。」
三娘もいった。
「私も十一娘さんのことを思ってるのですが、うちの方に知られるのが厭なのでね。帰ったならお庭の門を啓《あ》けててくださいまし。私がまいりますから。」
侍女は帰ってそれを十一娘に知らした。十一娘は喜んでその言葉のとおりに庭口の門を啓けさした。三娘はもう庭へ来ていた。二人は顔を合わした。二人はそれからそれと話して寝ようともしなかった。侍女が眠ってしまうと、三娘は十一娘の牀《ねだい》へいって一緒に寝ながら囁《ささや》いた。
「私はあなたが許嫁《いいなずけ》をしていないことを知ってるのですが、あなたのような容貌《きりょう》を持ち、才能があり、立派な家柄があって、何も身分の貴《たか》い婿がなくっても好いでしょう。身分の貴い家の子供は、いばってていうにたりないですよ。もし佳《い》い夫を得たいと思うなら、貧乏人とか金持ちとかいわないが好いでしょう。」
十一娘はそのとおりであるといった。三娘がいった。
「昨年あなたと逢った処で、今年もまたおまつりがありますから、明日どうかいってください。きっとあなたがお気にいる旦那様をお見せしますから。私はすこし人相の本を読んでます。あまりはずれたことがないのです。」
朝まだ暗いうちに三娘は帰っていった。帰る時二人は水月寺で待ちあわす約束をした。
やがて十一娘がいってみると三娘はもう先に来ていた。二人はそのあたりを眺望して境内を一めぐりした。十一娘はそこで三娘を自分の車へ乗せて帰っていった。寺の門を出たところで一人の少年を見かけた。年は十七、八であろう。布の上衣を着た飾らない少年であったが、それでいてその容儀にきっとしたところがあった。三娘はそっと指をさしていった。
「あれは翰林学士《かんりんがくし》になれる方ですよ。」
十一娘はひとわたりそれを見た。三娘は十一
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