封三娘
蒲松齢
田中貢太郎訳

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)范《はん》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)今|精《くわ》しく

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「田+鹿」、330−1]
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 范《はん》十一娘は※[#「田+鹿」、330−1]城《ろくじょう》の祭酒《さいしゅ》の女《むすめ》であった。小さな時からきれいで、雅致《がち》のある姿をしていた。両親はそれをひどく可愛がって、結婚を申しこんで来る者があると、自分で選択さしたが、いつも可《よ》いというものがなかった。
 ちょうど上元《じょうげん》の日であった。水月寺の尼僧達が盂蘭盆会《うらぼんえ》を行ったので、その日はそれに参詣《さんけい》する女が四方から集まって来た。十一娘も参詣してその席に列っていたが、一人の女が来て、たびたび自分の顔を見て何かいいたそうにするので、じっとその方に目をつけた。それは十六、七のすぐれてきれいな女であった。十一娘はその女が気に入ってうれしかったので、女の方を見つめた。女はかすかに笑って、
「あなたは范十一娘さんではありませんか。」
 といった。十一娘は、
「はい。」
 といって返事をした。すると女はいった。
「長いこと、あなたのお名前はうかがっておりましたが、ほんとに人のいったことは、虚じゃありませんでしたわ。」
 十一娘は訊《き》いた。
「あなたはどちらさまでしょう。」
 女はいった。
「私、封《ふう》という家の三ばん目の女ですの。すぐ隣村ですの。」
 二人は手をとりあってうれしそうに話したが、その言葉は温《おだ》やかでしとやかであった。二人はそこでひどく愛しあって、はなれることができないようになった。十一娘《じゅういちじょう》は封三娘《ほうさんじょう》が独《ひと》りで来ているのに気がついて、
「なぜお伴《つ》れがありませんの。」
 といって訊いた。三娘はいった。
「両親が早く亡くなって、家には老媼《ばあや》一人しかいないものですから、来ることができないのです。」
 十一娘はもう帰ろうとした。三娘はその顔をじっと見つめて泣きだしそうにした。十一娘はぼうっとして気が遠くなった。とうとう十一娘は三娘を家へ伴れていこうとし
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