に、も一個《ひとつ》用意に造えて置こうと思った。彼は鍋の冷え切らないうちにと急いでそれを火にかけた。そして、一つ二つ型から弾を出した後に、鍋の中を覗いて鉛が熔けたのを見ると、それを残りの型に鋳込んだ。
備後は前日鍛精込めて造えた十匁弾を持って、朝早く一人で家を出て北山へ往った。そして、彼方此方と獣のおりそうな処を捜して歩いたが、平生《いつも》はよく見かける猿さえ見えなかった。彼は寒い風の吹く谷の路を下のほうへおりていた。山の上の方には寒い夕陽の光があったが谷の中は微暗かった。路の左手に大きな巌《いわ》が聳えていて、ふと見るとその大巌の上に眼の光る山猫とでも思われるような獣がいた。彼は朝から一発も放さないでじりじりしている時であったから、讐《かたき》にでも出会ったようにいきなり銃《つつ》の口火へ火縄をさした。と、何かに弾の中《あた》った音がした。
「ひとーツ」
物の数を数える声とともに激しい嘲笑が聞えた。備後は驚いて巌の上を見た。怪しい獣は前肢の一方に何か黒いものを握っていた。数とりと嘲笑はたしかにその獣からであった。備後はますます驚いて、手早く二発目の弾を込めて火を点けた。と、ま
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