猫の踊
田中貢太郎

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)夜半《よなか》

|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)奥|婢《じょちゅう》
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 老女は淋しい廊下を通って便所へ往った。もう夜半《よなか》を過ぎていた。真暗い部屋の前を通って廊下を右へ曲ると、有明の行灯の灯のうっすらと射した室《へや》へ来た。老女はその前へ往くとどうしたのか足を止めた。それはその室の中で何人《たれ》かが立ちはだかって、踊でもやってるのか調子のある軽い跫音をさして、そのものの影であろうぼんやりしたものの影が障子に動いていた。
 しかし、その室は夜更《よふけ》に便所へ往来する奥|婢《じょちゅう》のために灯明《あかり》を燭すところで、何人もいる人はないし、無論奥であるから男などの一杯機嫌でやって来て踊ると云うようなこともない。それに時刻が時刻である。老女は不思議でたまらなかった。そのうえ、彼女はその奥の取締をしている責任上、それを見定めてその不心得者を処分しなければならなかった。彼女はそっと障子の側へ寄った。
 室の中では踊を続けているらしい。そのよたりよたりとやっ
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