ている跫音から推すと血気の盛な男ではないらしい。何人か出入のひょうきん親父が一杯機嫌に浮かれて、時刻も場所も忘れて踊っているのではないかと思った。老女はその老人の無作法な態をよく見て置いて、後で主人の備後に話して思うさま油を絞ってやろうと思った。彼女は舌を出して障子の紙を舐《ねぶ》り、そっと穴を開けて隻方《かたほう》の眼をそれに当てた。そして、老女は其処に怪しい物を見つけた。行灯の灯を浴びて大きな犬のような赤毛の猫が頬冠《ほおかむり》をして、二本の後肢で立ち、その足で調子をとりとり、前肢二本を手のように揮《ふ》って踊っていた。それはその邸に年久しく飼われている猫であった。老女は眼を瞬った。
 猫は彼方此方と身体の向きを変えて踊っていた。頬冠した手拭の結び目が解けかけていた。老女は呼吸《いき》をつめてその態をじっと見つめていたが、なんと思ったのかそのまま便所の方へ往き、そして、用を足して引返しながらその室の前を通ったにもかかわらず、今度は脇見もせずに静に己《じぶん》の室へ帰って寝た。
 老女は飼猫の怪を見たが、そんなことを口にしては、第一|壮《わか》い奥婢たちが恐れて仕事の邪魔になるし、
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